「とら」は、私にはあまり関心がないようだ。
ただ、妻の連れ添いであることは認識しているようで、それなりの
敬意を払ってくれているようには思える。
一つだけ、とらが私ににじり寄ってくることがある。
それは、「猫の毛すき」を私が手にとった時である。
カンセキで買い求めたこの道具でとらの毛を梳かしてやると、とても
気持ちが良さそうだ。場所も玄関わきのコンクリートの上と決ま
っている。私が毛すきを手にして外に出ると、とらもついてきて、
無防備に腹を見せてごろりと寝転ぶ。夏は特に毛が抜ける。
一度、毛並みに逆らって櫛を動かしたら、毛はごっそりとれたが、
とらにとっては痛かったらしくて「痛いニャン」と私をにらんだ。
私たちが妻の実家に泊まっている夜は、とらも夜遊びを早々に
切り上げて帰ってくる。そして、いつの間にか妻のそばにぴったりと
寄り添って眠る。

とらが来てからというものは、母の生活のリズムはがらりと変わった。
全てがとら中心に回るようになった。こんなことでは困ったものだと
思っていたが、今は、なんとなくそれもいいかなと思っている。
なぜなら、とらの行動の一つ一つが、みんなの関心ごとであり話の種
だからだ。そして、そこにはいつも笑いがある。
それってとても素晴らしいことではないか。今は、何となくそう思っ
ている。何より、母は以前よりもとても元気になった。それだけでも
とらには感謝しなければならない。