| バイオディーゼル燃料製造施設 美土里館では廃食用油から精製する新たな燃料製造も行っています。バイオディーゼル燃料製造施設バイオディーゼル燃料製造多くが焼却処分される廃食用油(植物性)を回収し、十分な濾過を行った後、エステル交換反応にて軽油扱いのバイオディーゼル燃料を製造しています。 製造したバイオディーゼル燃料は美土里館内の重機・運搬車に使用し、燃料費の削減・CO2の発生抑制(カーボンニュートラルに基づき)の効果があります |
| 町長の部屋8月11日号 吹奏楽の夕べのお話です。町長の部屋8月11日号町長の部屋8月11日号「吹奏楽の夕べ」が道の駅もてぎで開催されました。今年は茂木水害から25年、道の駅もてぎが開場して15年という、区切りの年になります。 早くから多くの皆さんが訪れ、茂木町の小、中、高校の吹奏楽部の児童生徒の素晴らしい演奏とゲストの栃木県警察音楽隊とフルート奏者栗田智水(ともみ・茂木町出身)さんの華麗な演奏に時を忘れて聞き入ってい |
| 町長の部屋 8月12日号 花火大会のお話です町長の部屋 8月12日号町長の部屋8月12日号全国各地で夏の花火大会が真っ盛りだ。特に、東北では「鎮魂と復興」への祈りを込めた花火が、まだまだ大変な状況であるにもかかわらず、あちこちで打ち上げられているという。 「花火」には不思議な力がある。夜空に広がる大輪の花を見上げながら、人々はその美しさ、力強さに感動するだけでなく、祈りにも似た思いを抱いているのかもしれない。 茂木 |
| 町長の部屋8月15日号 終戦記念日のお話です。町長の部屋8月15日号町長の部屋8月15日号8月15日、今年も終戦の日がやってきました。そして、今年もまた、副町長、総務課職員で、早朝、城山にある「忠魂碑」の清掃と、国のため、郷土のために戦火に散った英霊に対し、慰霊の祈りをささげてまいりました。 この忠魂碑は昭和45年、当時の軍恩郷友会会長の故塚本美代次氏が中心となって建設されたものであり、台座の上に大きな球形の赤みがか |
| 町長の部屋8月16日号 道の駅でのお話です。町長の部屋8月16日号町長の部屋8月16日号お盆中、道の駅もてぎは大盛況でした。 ところで、14日の日は、何としてもアユ焼きの人手がそろわず、中止しようかという話がありました。そこで、こちらから志願をして、「それでは、私が」と、申し込みました。 朝、8時に道の駅もてぎに出社し、赤いエプロンをつけて、茂木町のロゴマーク付きの帽子をかぶり、助手に河又主任をつけて、アユ焼きの |
| 町長の部屋8月17日号 木幡地区の納涼祭のお話です。町長の部屋8月17日号町長の部屋8月17日号木幡地区の納涼祭に行ってきました。地域の小さなお祭りですが、焼きそばやかき氷、そして、ラーメンまで出店がありました。もちろん、最後には田んぼの中から花火が打ち上げられて、クライマックスは大いに盛り上がりました。 ところで、この時、地域の皆さんとお話をしたのですが、木幡地区をもっと魅力ある地域にしていきたいという、皆さんの強 |
| 町長の部屋8月18日号 鳥のヒナのお話です。町長の部屋8月18日号町長の部屋8月18日号今日の町長の部屋は公務多忙のため、写真をメインにお送ります。 なんと役場の中庭に、ヒナが生まれたのです。親鳥が一生懸命餌を運ぶ姿も見えました。 幸せの青い鳥ならぬ、役場の幸せの青いムクドリ(?)となるでしょうか。 鳥のヒナのお話です。町長の部屋8月18日号町長の部屋8月18日号さて、ヒナがどこにいるかわかりますか?鳥の |
| 町長の部屋8月19日号 あさがおロードのお話です。町長の部屋8月19日号町長の部屋8月19日号茂木町に「あさがおロード」があるのをご存知でしょうか。 増井地区の逆川の河川沿い、500メートルにわたって赤紫と薄青色の朝顔の花が、夏の間中たくさん咲いて、朝夕、散歩をする人の目を楽しませ、心を和ませてくれています。 これは、増井地区のボランティアグループが、みんなで「あさがおロード」を作ろうと始めたことで、今年で3年目 |
| 町長の部屋1月1日号 今年もがんばりますよー!町長の部屋1月1日号町長の部屋1月1日号新年明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。 新年を迎え、河又総務課長とともにだるまの眼入れ式を行いました。 今年の暮れには、昨年と同様、もう一方の眼にまんまるとした大きな目を入れることができるようがんばりたいと思います。また、「町長の部屋」もできるだけ更新できるようにします。楽しみにしていてく |
| 町長の部屋8月22日号 甲子園のお話です。町長の部屋8月22日号町長の部屋8月22日号夏の全国甲子園大会。栃木県代表の作新学院はベスト4となり、栃木県民はもとより、全国の高校野球ファンに感動を与えた。 私も、作新学院が勝ち進むに連れて次第にヒートアップしてきて、できれば甲子園まで駆けつけて、声援を送りたいと思ったほどだった。(小針監督のお父さんとは昔から面識もあり、なんとなく親近感を持っていることも理由なのかもしれな |