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茂木町役場サイト内検索結果で検索した結果1111~1120件目/5326件
町長の部屋11月28日号

都市農村交流会のお話です。町長の部屋11月28日号町長の部屋11月28日号「都市と農村の交流会」が道の駅もてぎで開催された。茂木町各地域で行われている「地域おこし」と「食」が勢ぞろいだ。「まぎののそば」「林の餃子」「いい里さかがわ館のきのこ飯」「竹原の鮎」「河又のしいたけフライ」「河井の長寿柿」「甲のつきたて餅」「上後郷のサツマコロッケ」「もてぎ野菜の豚汁」「エゴマ」「はと麦」「米粉パン」「カレー

町長の部屋11月29日号

乾しいたけのお話です。町長の部屋11月29日号町長の部屋11月29日号「乾しいたけ」から基準値以上の放射性セシウムが検出されたとして、県より集荷の自粛要請がなされた。 しかし、よく考えてみると、これっておかしくないか。放射線量の検査は、一キログラムあたりの量を測定して行われる。生しいたけの時は基準値をはるかに下回っていても、それを乾燥させれば、水分が飛んで、一キログラムあたりの量が増えるのは当

町長の部屋11月30日号

天神梅と竹林の里のお話です。町長の部屋11月30日号町長の部屋11月30日号烏生田の「天神梅と竹林の里」で、今年最後のイベント「芋煮会」が開かれた。梅の里のオーナーはほとんどが常連で、地元の人々とは個人的に親戚のような付き合いをしている方々も多く、本当にアットホームな雰囲気である。 女性陣がお芋を中心とした地元野菜たっぷりの汁を大なべでつくり、うどんにかけて提供してくれる。武ちゃんが昨年自分で

町長の部屋12月1日号

ミーコの手術のお話です。町長の部屋12月1日号町長の部屋12月1日号猫のミーコが「避妊手術」を受けました。もう3ヶ月も前から決まっていたことなのですが、馬門ばあちゃんは、何日も前から心配して大変でした。ばあちゃんは、手術の日の朝、ケースに入れられたミーコに向かって、涙を流しながら激励の言葉を贈りました。「ミーコ、がんばってくんだぞ。イテーときには、遠慮しねえで、イテーって言うんだぞ。明日帰ってくる

今週紹介している方言

あっと言う間に12月。 今年ももうすぐおわりです。今週紹介している方言12月に紹介している方言方言:こじはん 意味:おやつ 使用例 鳴:おばちゃん、大掃除っちゃ疲れんな~。 小:もうお腹ペコペコです… 鳴:じゃ、そろそろこじはんにすっぺよ! 小:五時半?まだ3時ですよ! 鳴:3時ならこじはんでちょうどいがっぺ! これは、大掃除をしている小幡さんに対して、「疲れたからおやつ

町長の部屋12月2日号

全国町村長大会のお話です。町長の部屋12月2日号町長の部屋12月2日号全国933の町村長が、年に一度東京に集結する全国町村長大会が開催された。式典の中で、東日本大震災の被災地を代表して、南三陸町の佐藤町長と飯舘村の菅野村長が意見発表を行い、国に対し「もっと被災地に寄り添った復旧復興支援を」と強く訴えた。その心の叫びは、聞いているものの魂を激しく揺さぶった。 その一方で、野田首相をはじめとする与

町報もてぎ12月号(No.561)

表紙 女性の視点で、町長に問う ~平成23年 茂木町女性模擬議会~ 特集 雑損控除の申告について 日常生活圏域ニーズ調査結果報告町報もてぎ12月号(No.561)町報もてぎ12月号(No.561)町報もてぎ12月号表紙表紙 女性の視点で、町長に問う ~平成23年 茂木町女性模擬議会~ 特集 雑損控除の申告について 日常生活圏域ニーズ調査結果報告町報もてぎ12月号

町長の部屋12月5日号

茂木町消防団通常点検のお話です。町長の部屋12月5日号町長の部屋12月5日号茂木町消防団通常点検が、茂木中学校を会場に、近隣の消防団をはじめとする多くのご来賓の皆さまご臨席のもと、盛大に開催されました。また、今年の放水点検の折には、県の防災ヘリ「おおるり」の参加もあり、花を添えいただきました。 ところで、今年3月11日の東日本大震災では、地震の後、津波の警戒に出動した消防団員のうち、なんと26

町長の部屋12月6日号

シャコバサボテンのお話です。町長の部屋12月6日号町長の部屋12月6日号わが家のシャコバサボテンが満開です。11月の中旬に、そろそろ寒くなるからと思い家の中に入れましたが、それからは、つぼみがどんどん膨らんでいって、あっという間に開花しました。 5鉢ありますので、妻が家のあちこちにおいて、楽しんでいます。 ただ、一人父だけは草花には全く関心がなく、せっかく置いた鉢を、邪魔だからと言って、端

町長の部屋12月7日号

下横町の山車のお話です。町長の部屋12月7日号町長の部屋12月7日号茂木町の9つの町内には、祇園祭の「山車(だし)」があります。私の町内(下横町)にも山車があり、子供のころからそのことが少しばかり自慢でもありました。 ところで、下横町の山車は、昭和36年に益子西明寺甲組から購入したものなのですが、実は造られたのは、宇都宮の宮島町なのです。文化12年の建造といいますから、今から約200年も前とい