| 町長の部屋6月29日号 迷い猫のお話です。町長の部屋6月29日号町長の部屋6月29日号えらい事になりました。馬門ばあちゃんからの朝一番の電話によれば、家内の実家に子猫が迷い込んできて、垣根の中から、か細い声で、「ニャーゴ、ニャーゴ」と鳴いているというのです。 そばに行って声をかけると、とたんに黙ってしまうのですが、そっと覗いてみると、黒と白の子猫で、目がまん丸としていてとても可愛いと言うのです。 家内は、「ばあち |
| 町長の部屋6月30日号 迷い猫のその後は・・・。町長の部屋6月30日号町長の部屋6月30日号最初のころは、警戒をして私たちの前にまったく姿を見せなかった迷い猫も、次第になれてきて、馬門ばあちゃんが一人のときだけは、垣根から出てきてエサを食べて水を飲むようになりました。毛のふさふさした、黒と白のとても可愛い猫です。家内の忠告を無視してエサをやり続ける馬門ばあちゃんに対し、家内もきつい口調で「ばあちゃん、本当に居ついてしまっ |
| 町長の部屋7月1日号 原子力発電政策について。町長の部屋7月1日号町長の部屋7月1日号「原子力発電政策、エネルギー政策等に関するアンケート」が、私あてにきた。質問に対し、次のように答えた。 1、原発政策はこれからどうすべきか? 回答:減らして行くべき。 2、原発の立地を求められたらどうするか? 回答:受け入れられない。 3、放射能廃棄物の最終処分場はどうか? 回答:受け入れられ |
| 町長の部屋 節電のお願い。町長の部屋町長の部屋7月4日号連日、暑い日が続き、いよいよ、本格的な節電に取り組まなければならなくなりました。 役場でも、町民の皆さんに節電をお願いすると共に、役場自身が積極的に取り組んでいます。 おかげさまで、4月~6月まで、前年比19パーセントの電力消費量減となりました。しかし、本当の戦いはこれからです。何やら、我慢比べのようなところがありますが、前向きに、少し楽しむよう |
| 町長の部屋7月5日号 町長の部屋7月5日号町長の部屋7月5日号小学校陸上大会栃木県大会で優秀な成績を収めた、茂木小学校の5人の子どもたちが、あいさつに来てくれました。 走り幅跳びで見事優勝した黒川彩花さん。400メートルリレーで4位入賞した、半田もえさん、古橋世恋さん、青木稀都花さん、大塚充華さんです。全員6年生で、活発で明るい女の子でした。また、全員が「嵐」や「KARA」が好きなのだそうです。 黒川さんは、8月 |
| 町長の部屋7月6日号 「モクモク手づくりファーム」講演会のお話です。町長の部屋7月6日号町長の部屋7月6日号伊賀の里「モクモク手づくりファーム」の代表の木村修氏を茂木にお招きし、いろいろとまちづくりのご提言を頂くと共に、ご講演をしていただきました。 木村さんは以前は農協の職員で、養豚の肉製品を販売する係にいましたが、その時に、製品づくりや販売方法に疑問を持ち、ちょうど同じような考えを持っていた友人で獣医の吉田さんと |
| 町長の部屋7月7日号 迷い猫は今。町長の部屋7月7日号町長の部屋7月7日号「その後、馬門の迷い猫はどうなったのですか」そんなメールが多数寄せられておりますので、それでは、ご報告いたします。 「はいはい、しっかりと居ついてしまいました」 名前も「ミーコ」と言う事になり、何もかも、馬門ばあちゃんの思い通りの展開です。先日、家内がカゴに入れて獣医さんに連れて行ったところ、2ヵ月半の日本猫のメスだそうで、「とても美しい |
| 町長の部屋7月8日号 今の政治について。町長の部屋7月8日号町長の部屋7月8日号次から次に、国の政治の不祥事が出てきて、いい加減にしてくれと言いたくなる。現場の最前線に立つ首長は、みんな、正直、あきれてものも言えないと思っている。 復興大臣の横柄な態度と暴言、原発に対する対応の混乱、詭弁(きべん)をろうしてその場しのぎに汲々¹とする政治家、その影響で遅々として進まない被害の復興対策。こんな日本を見た外国は |
| 町長の部屋7月11日号 小貫観音堂の落慶法要が執り行われました。町長の部屋7月11日号町長の号部屋7月11日栃木県の指定文化財である小貫観音堂の一部改修工事(主に屋根部分)が完成しました。此処に至るまでには、本当に地域の皆さん、文化財審議員の皆さま方に、並々ならぬご苦労をおかけしました。心よりお礼申し上げたいと思います。 当日は、ご住職による読経とお話を受け、多くの地域の皆さんご参列のもと、盛大に式典が執り行われまし |
| 町長の部屋 7月12日号 町長の部屋 7月12日号町長の部屋 7月12日号先日、「ともだち作業所ができるまで」という、小冊子を見つけました。平成8年に、茂木町町田の田中洋子さんが書いたものです。田中さんご自身が障害児をもつ親でありますが、養護学校を卒業した娘さんの働く場所を自ら作ろうと決意して行動し、それがやがて、茂木町授産施設「ともだち作業所」として大きく花開いてゆく過程が記されたものです。 ともだち作業所が現在の小 |