| 町長の部屋12月27日号 今度の「新年のごあいさつ」はちょっと趣向を変えて・・・。町長の部屋12月27日号町長の部屋12月27日号お正月用のもてぎあいあいテレビの「新年のあいさつ」の録画撮りをした。例年だと、町長室の椅子に座って、スーツ姿でうやうやしく町民の皆さんに新年のご挨拶するのだが、何か堅苦しいので、今年は三村議長と相談して2人で現場に立ってのごあいさつとした。 場所は、茂木高校野第2グランド。今年5月の竜巻によ |
| 町長の部屋12月28日号 いよいよ今日で御用納めです。町長の部屋12月28日号町長の部屋12月28日号いよいよ今日で御用納め。今年も本当にいろいろな事がありました。しかし、町民の皆さんをはじめとする多くの方々のご協力により、何とか乗り越えることが出来ました。心から感謝申し上げます。 来年は、災害の無い穏やかな1年であって欲しいと思っています。 例年通り、これから、町長として全職員を前に訓示を行うわけですが、「年末年 |
| 町長の部屋新春号 新しい年が始まりました!町長の部屋新春号町長の部屋新春号新年あけましておめでとうございます。昨年中は、大変お世話になりました。今年もよろしくお願いいたします。 さて、一昨年、昨年と茂木町は地震、竜巻という大きな自然災害に見舞われ、町はその後処理に追われ続けました。しかし、何とか以前の平穏な生活に戻りつつあるのかなという感じもいたします。今年こそ、災害の無い良い年である事を願っています。 そ |
| 町長の部屋 1月4日号 今年(巳年)も、よろしくお願いします。町長の部屋 1月4日号町長の部屋 1月4日号2日、3日と道の駅もてぎは大賑わいで、おかげさまで売り上げも前年を大きく上回りました。ただ、イチゴが遅れていて量が揃わず、多くの方にご迷惑をおかけしてしまいました。本当に申し訳ございませんでした。 3日の日には、逆川の「いい里さかがわ館」も初売りオープンとなりました。お昼からは、臼と杵による昔からの餅つき実演があ |
| 町長の部屋1月7日号 穏やかな、良いお正月でした。町長の部屋1月7日号町長の部屋1月7日号今年のお正月は、天候にも恵まれ(少し寒かったけれど)穏やかな良いお正月でありました。 私の家では、昔から、元日の朝は遅くまで寝ていて、お昼のころに家族全員がそろい、神棚とお稲荷さんに手を合わせ、仏壇を拝んで、その後、食卓について新年のあいさつをし、お屠蘇とおせち料理をいただくと言う段取りになっています。 おせちを済ますと午 |
| 町長の部屋1月8日号 賀詞交歓会開催。町長の部屋1月8日号町長の部屋1月8日号賀詞交歓会が町民センターで開かれました。ここ数年は、ジュースやウーロン茶で乾杯して、ミカンとおまんじゅうを茶菓子にして新年の顔合わせをするというパターンとなっています。茂木町のあらゆる分野の代表の方々が一堂に会し、今年もにぎやかな会となりました。 ゲストには、昨年に引き続き、講談師 神田陽子さんをお招きし、新春のおめでたい特別講談を聞かせ |
| 町長の部屋1月9日号 妻が、携帯電話をスマートフォンに替えました。町長の部屋1月9日号町長の部屋1月9日号携帯電話をスマートフォンに替えました。といっても、妻の事です。実は、私もそうしようと思ったのですが、ドコモショップでの待ち時間に「タブレット」なる物に遭遇し、それを試しているうちに、このほうが良いのではないかという思いがふつふつと沸き上がってきたのです。結局その日は、決断できず、妻だけさっさとスマフォに替えてしまっ |
| 町長の部屋1月10日号 東関東大会出場おめでとう!町長の部屋1月10日号町長の部屋1月10日号茂木中学校吹奏楽のアンサンブルが栃木県大会で金賞に輝き、東関東大会出場を決めた。今月下旬の本番に向けてただいま猛特訓中だが、先日、役場エントランスで演奏会を催してくれた。女子4名、男子1名の5名の構成で、クラリネットを中心とした演奏だが実に見事であった。お昼休みのひと時に役場内に広がる心地よい響きに、誰もがうっとりとさせられた。 |
| 町長の部屋1月11日号 介護の問題について。町長の部屋1月11日号町長の部屋1月11日号最近、私の同級生から親の介護についての話を聞くことが多くなった。もうすぐ還暦の声を聞く年であるからそれも当然だろう。 1人は自営業であるが、86歳の親を施設にお願いするか、自宅で面倒見るか迷った結果、自宅介護を選択した。1年の後、父親は家族の見守る中で、静かに息を引き取った。下の世話までして大変であったが、自分の腕の中で看取ること |
| 町長の部屋1月15日号 茂木町の新成人たち。町長の部屋1月15日号町長の部屋1月15日号1月13日、新たに成人となられた139名(招待者159名)の皆さんをお迎えして、「茂木町成人式」が開催されました。私が申し上げた事はただ一つ。「人生に果敢に挑戦していって欲しい」という事です。「若いうちは決して評論家や批評家になってはいけない。自らチャレンジャーであれ」と訴えました。そして、将来、ふるさと茂木のために貢献できる人物にな |