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茂木町役場サイト内検索結果で検索した結果2491~2500件目/5458件
町長の部屋9月2日号

町長の部屋9月2日号町長の部屋9月2日号9月1日から東京秋葉原と益子を結ぶ高速バスの停留所が、茂木町逆川の「いい里さかがわ館前」にも設置されました。上り、下りとも3便が運行され、茂木と東京が順調なら2時間30分ほどで結ばれることとなりました。料金は片道切符ですと2000円。往復でお求めいただければ3400円となります。 ちなみに秋葉原からディズニーランドまでは40分、スカイツリーまでは20分、

町長の部屋 9月3日号

町長の部屋 9月3日号町長の部屋 9月3日号小貫上公民館主催の「敬老会」にお招きに預かりました。地域の皆さんが段取りをして、お年寄りのご長寿をお祝いする会を開くという活動には敬服いたします。最高齢は98歳のおばあちゃん。まだまだ、カクシャクとしておりました。 祝宴に入ると、地域の小学生による歌の披露がありましたが、その子どもたちがお年寄りの後ろに回り、歌に合わせておじいちゃん、おばあちゃんの肩

町長の部屋9月4日号

「優しい町」茂木町。町長の部屋9月4日号町長の部屋9月4日号「ともだち作業所」は障がいのある子の働く場です。そして、その子たちが親元を離れて共同生活をする場として多くの皆さんのご協力のもとに立ち上げられたのが、3つのグループホーム「いちご」「よったり」「ふれんど」です。 これらの関係者が集まって「夏祭り」が開かれました。会場は「ふれんど」の庭で、小さな手づくりのステージが立てられ、そこを中心に

町長の部屋9月5日号

茂木町は昨年被災しました。町長の部屋9月5日号町長の部屋9月5日号埼玉県越谷市、千葉県野田市、栃木県矢板市、鹿沼市などでも竜巻が発生し甚大な被害が出た。多くの建物が破損しけが人も多数出ている。昨年の5月に同じように竜巻被害にあった茂木町の首長としては、ひとごととは思えない。停電が続き、給水もなく、住民の皆さんは不安な日々を過ごしているのかと思うと胸が痛む。町では、さっそく山陰地方を襲った集中豪雨と

町長の部屋 9月6日号

制度の改正を望みます。町長の部屋 9月6日号町長の部屋 9月6日号矢板、塩谷、鹿沼、宇都宮で発生した竜巻被害について、各自治体も県も、国に対して被災者生活支援制度の適用を要望しているが、今のままでは難しい。この制度は損壊した住宅を対象に支援金を国が支給するという制度だが、適用条件が厳しすぎてなかなか適用になら ない。 茂木町の竜巻被害の時にもそうだった。ひとつの自治体で10戸以上の全壊などが

町長の部屋 9月9日号

東京開催決定!町長の部屋 9月9日号町長の部屋 9月9日号2020年オリンピックの東京開催が決定した。バンザーイ。 決定は日本時間の午前3時半ごろと聞いていたので、東京開催を祈って床についたのだが、なんとも眠れない。少しウトウトとして時計を見たら、午前3時。寝床からテレビのスイッチを押した。どの放送局も迫り来る投票時間に合わせて特番を組んでいる。テレビ画面の左上には「投票まであと何分」の表示。

町長の部屋 9月10日号

興奮冷めやらず。町長の部屋 9月10日号町長の部屋 9月10日号昨日からテレビは「東京オリンピック決定」の報道一色だ。昨日の新聞が休刊日なのが残念だった。 今回の誘致の成功要因に、安倍総理、猪瀬知事をはじめ全ての人があげているのが「チームワーク」「国民の結束力」だ。私もそう思う。日本中がかたずをのんで、明け方まで、「ブエノスアイレスまでこの祈りよ、届け」とばかりに、テレビにくぎ付けになっていた

町長の部屋 9月11日号

秋、来たる。町長の部屋 9月11日号町長の部屋 9月11日号「暑い、熱い」と言ってきましたが、さすがに9月ともなれば随分と過ごしやすくなりました。 先日気付いたのですが、逆川の河川敷に彼岸花が咲き始めました。秋なんですねー。 今年の「彼岸花まつり」は例年より1週間遅らせて、9月29日から城山公園を会場に開催されます。同時に市街地をめぐるウォークラリーや旧島崎酒造店跡でも新たなイベントが予定

町長の部屋 9月12日号

新たな友好の輪。町長の部屋 9月12日号町長の部屋 9月12日号栃木県と姉妹提携関係にある米国インディアナ州の知事さんをはじめとした視察団が本県を訪れていて、先日、歓迎パーティーが宇都宮で開かれました。茂木町も、カーレースインディーが結ぶ縁で、インディアナ州スピードウェイタウンと姉妹都市になっている関係で私もその席にご招待いただきました。 インディアナ州の州民性は勤勉で誠実、素朴で真面目、保守

町長の部屋 9月13日号

わが母校のさらなる発展を願う。町長の部屋 9月13日号町長の部屋 9月13日号わが母校、茂木高校は昨年90周年を迎え、大々的に記念行事を行ったところです。大正11年に茂木町立実業補修学校として、当時の小学校内に設置され、その後、校名変更、校舎移築、県立への移管など幾多の変遷を遂げ今に至りますが、この間多くの人材を世に送り出し、確固たる地位を築いてきました。 今も、「強く、寛く、聡く」の校訓のも