| 町長の日記 3月28日号 国見町に町職員2名を派遣町長の日記 3月28日号町長の日記 3月28日号 今日から福島県国見町に町職員2名が地震の復旧作業の応援に行っている。私としては、「支援」というだけでなく「職員の研修」も兼ねて送り出したつもりだ。 先ほど、早速、派遣職員から被災状況についての連絡が入った。それによると、重傷者1名、軽症者14名、住家の全壊5棟、半壊10棟、一部損壊200棟、非住家は全壊10棟、半壊20棟 |
| 町長の日記 3月29日号 茂木町の3回目の新型コロナワクチン接種状況町長の日記 3月29日号町長の日記 3月29日号 茂木町における3回目の新型コロナワクチン接種は順調に進んでいる。3月28日現在で、茂木町の接種率は50%を超え、県内でもトップクラスの進捗率と思われる。数値については県内市町それぞれに事情があり、競うべきものでもないし我々も意識もしていないが、それでも順調に進んでいることは喜ばしいことだ。町民の皆様や医師会 |
| 町長の日記 3月30日号 町長の日記 3月30日号町長の日記 3月30日号 「馬門の滝不動」の祭典を行いました。祭典と言っても、不動明王像が安置されている小さな「小屋」とその周辺を掃除し、お線香をあげて今年1年の地域の平和と人々の健康・招福をお祈りするという簡単なものです。 不動尊は悪者を征伐するために、右手には宝剣を左手には獲物を捕らえる縄を持ち、背中からは炎を上げて「悪を剣で切り倒し、炎で焼き尽くす」と言われていま |
| 町長の日記 3月31日号 初筍町長の日記 3月31日号町長の日記 3月31日号 友人から、今年初採りのタケノコをいただきました。友人はタケノコ狩りの名人で、まだ地表に顔を出さないタケノコを足で探し出し、掘り起こしてきたといいます。さっそく、妻が下処理をして、ジャガイモと油揚げとの煮物にしてくれました。柔らかく、シャキシャキとしていて、独特の香りの初タケノコ、何という美味。うまかったー。あー春だなーという感じでした。普段は晩 |
| 町長の日記 4月1日号 令和4年度の始まりです町長の日記 4月1日号町長の日記 4月1日号 いよいよ今日から令和4年度の始まりです。今年は5名の新人を迎え入れました。彼らには辞令交付式の後、公室で少しだけお話をさせて頂きました。特に私が言いたかったことは「評論家になるな、自ら渦中に飛び込み、泥にまみれながらも頑張っていこうとする公務員になれ」と言うことでした。この言葉がどのくらい、彼らの心に響いたかは分かりませんが、彼ら |
| 町長の日記 4月4日号 町長の日記 4月4日号町長の日記 4月4日号 先週の土曜日は、道の駅もてぎ周辺・逆川河川沿いの桜並木の下で「春まつり」が行われた。ここのところの寒の戻りの影響で、桜は3分から4分咲きほどであったが、琴の演奏会や写真撮影教室、ミニトランポリン体験などのイベントの実施で大変盛り上がった。特に、同時開催の道の駅もてぎ主催「春のキッチンカーグルメまつり」は様々なキッチンカーが出店し、ほとんどのお店で用意し |
| 町長の日記 4月5日号 須藤保育園閉園町長の日記 4月5日号町長の日記 4月5日号 昭和48年に開園し、長年にわたり地域の皆さまをはじめ多くの方々に愛され、親しまれてきた「須藤保育園」が50年の歴史に幕を閉じた。少子化による園児数の減少が原因で、止むを得ずということではあるが、私自身の責任を重く受け止めている。 平成21年度からお引き受けいただいている「社会福祉法人 愛真福祉会」の小瀬理事長さんや諸先生方、そして保護 |
| 町長の日記 4月6日号 町長の日記 4月6日号町長の日記 4月6日号 「ミツマタ」のシーズンが終わった。今年は地元住民の日常生活を守るために車による乗り入れを禁止し、マイクロバスでの送迎のみとした。ご不便をおかけしたところもあったと思うが、概ねご理解いただけたと思う。逆に、渋滞に巻き込まれることもなくスムーズで良かったという声も多く聞くことができた。 さて、今年の来場者だが、おかげさまで8000人以上の方に足を運んで |
| 町長の日記 4月7日号 町長の日記 4月7日号町長の日記 4月7日号 この週末、おすすめの茂木町の3つのスポット。 1つ目は城山公園。桜満開です。散り積もった桜の絨毯の上を、桜吹雪に包まれながら歩いてみてください。2つ目は道の駅もてぎ周辺の逆川沿いの桜並木。ソメイヨシノ、シダレザクラ、ジンダイアケボノなどの桜が咲き乱れています。すぐそばを通るSLと一緒にお楽しみください。3つ目は「花の山」。レンギョウの黄色と、花桃の |
| 町長の日記 4月8日号 モビリティリゾートもてぎ町長の日記 4月8日号町長の日記 4月8日号 「ツインリンクもてぎ」が「モビリティリゾートもてぎ」に名称を変更した。モータースポーツの聖地として圧倒的な存在感を示し、多くの車愛好者から愛されてきた「ツインリンクもてぎ」であったが、東日本大震災によりインディーカーレースのオーバルコースが使用できなくなってしまったことや新型コロナの影響で大きなレースが開催できなくなってしまった |