| 町長の日記 1月7日号 茂木町表彰式・春秋叙勲者受章祝賀会・新年賀詞交歓会町長の日記 1月7日号町長の日記 1月7日号 茂木町表彰式・春秋叙勲者受章祝賀会・新年賀詞交歓会が開催されました。 この日、表彰の栄に浴されました方々は、長年にわたり茂木町の振興に献身的な活動を続け、他の模範となる業績を残された方々、ならびに愛町精神のもとに多大なるご厚志をご寄贈くださいました皆さま方です。また、昨年秋の叙勲において森島武様、杉 |
| 町長の日記 1月8日号 火の用心町長の日記 1月8日号町長の日記 1月8日号 昨年の暮れ、住宅火災が発生し、お年寄りが一人亡くなるという惨事が起きてしまった。雨が降らず乾燥する日が続いていたので、「火災には十分気を付けなければいけないね」と話をしていた矢先の出来事だった。被災されたご家族の方にはお悔やみを申し上げたい。 家屋の火災は、住宅や家財などの喪失だけにとどまらず、それまで大切に保管してきた「人生の記録」までも |
| 町長の日記 1月9日号 賀詞交歓会記念演奏町長の日記 1月9日号町長の日記 1月9日号 新年賀詞交歓会の中のアトラクションとして、もてぎふるさと応援大使を務めていただいているフルート奏者の栗田智水さんとファゴット奏者の吉澤真一さんによる演奏会が催された。 披露された曲は、「たきび」「雪の降る町を」「早春賦」などの唱歌から「見上げてごらん夜の星を」「上を向いて歩こう」などの坂本九メドレーで、誰もが知っている親しみのある |
| 町長の日記 1月10日号 町長の日記 1月10日号町長の日記 1月10日号 お正月のテレビ特番で、私が最も興味深く見させていただいたのは、NHKの「みんなあなたが好きだった プレーバック長嶋茂雄の世紀」であった。内容は、「国民に勇気と感動を与え続けた読売巨人軍 長嶋茂雄の引退試合を起点にした物語」を描いたものだ。 引退試合は1974年10月14日。場所は後楽園球場。この日、長嶋はダブルヘッターの第1試合でホームランを打 |
| 町長の日記 1月14日号 二十歳のつどい町長の日記 1月14日号町長の日記 1月14日号 1月12日、「茂木町二十歳のつどい」が挙行された。祝辞の中で私が20歳の皆さんに送った言葉は、「感謝報恩」という言葉。皆さんを今日まで見守り育ててくれたご両親をはじめとするご家族、学校の先生方、地域の皆さんすべての方々に感謝の気持ちを忘れないでほしいと述べさせていただいた。その上で、そうしたご恩に報いようとする気持ちを持ち続けてほしい |
| 町長の日記 1月15日号 第2昭和館町長の日記 1月15日号町長の日記 1月15日号 今年は「昭和100年」の年に当たる。今は静かな昭和レトロブームらしい。茂木町に昨年4月にオープンした「もてぎ昭和館」も予想以上の反響で、当初は土日・祝日のみの開館だったのにも関わらず、すでに来場者数は1万人を超えた。多くの方が昭和という時代に何らかの思いを抱いている証左かも知れない。 今年はお正月の三が日も特別に開館したが、この3日間 |
| 町長の日記 1月16日号 誓いの言葉町長の日記 1月16日号町長の日記 1月16日号 今年の「二十歳つどい」で感心させられたのは、代表で「誓いの言葉」を述べた髙田 姫聖(ひじり)さんの言葉であった。 髙田さんは次のように言っている。「代表として誓いの言葉を述べるにあたり、当初はいったい何を誓えばよいのか、なかなか思い浮かばなかった。いろいろと考えた末に、結局、私自身が自分に正直に、自分軸を持って、ぶれることなく生きてい |
| 町長の日記 1月17日号 ヒヨドリ町長の日記 1月17日号町長の日記 1月17日号 今、私が最も憎んでいるのは、我が家のお稲荷さんのお供え物を食い荒らす「ヒヨドリ」だ。今年のお正月はせっかく供えた極上ミカンを皮ごと食べられてしまった。毎朝あげる「ご飯」も何度も食べられている。先日、対策をしようとホームセンターに行って鳥除けの道具を買ってきた。くるくる回る風車のようなものと、キラキラ反射する練り棒のようなものの2種類だ。 |
| 町長の日記 1月20日号 大寒町長の日記 1月20日号町長の日記 1月20日号 しばらくぶりの雨。乾燥した日が続き、インフルエンザの流行も止まらない状況でこの雨は本当にありがたい。良いお湿りです。 今日は「大寒」。もうすっかりお馴染みとなった「道の駅もてぎ 大寒たまご」が店頭で売られていました。私も1パック買わせていただきました。「今年一年が健康でありますように」「金運が付きますように」と願って、今日の夕食にみそ汁の中 |
| 町長の日記 1月21日号 町長の日記 1月21日号町長の日記 1月21日号 巨人軍に物申す。FAで他球団から選手を取ってチーム力を上げようとする戦略は、もう止めにしてほしい。これまでも、大金を払ってFAで多くの選手を獲得してきたが、成功したと思われる案件はそれほど多くない。逆に、人的補償で将来有望な若手選手を何人も取られて行った。今回、ソフトバンクホークス甲斐選手のFA移籍の人的補償で伊藤優輔選手を差し出すことになったが、 |