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茂木町役場サイト内検索結果で検索した結果5071~5080件目/5354件
町長の日記 1月22日号

啓開町長の日記 1月22日号町長の日記 1月22日号 東日本大震災や能登半島地震は、道路をふさぐ車両やがれきをいち早く撤去し、救援ルートを確保することが、復旧復興に最も必要かつ大切なことであると改めて国民に知らしめた。こうした作業は「啓開(道をひらく)」と呼ばれているが、国土交通省はこの度、法律を改正し、「啓開計画」に記載された道路であれば道路管理者の承認がなくとも即座に作業に入れるようにすると発

町長の日記 1月23日号

森俊貴選手町長の日記 1月23日号町長の日記 1月23日号 茂木町出身のプロサッカー選手 森俊貴くんが今年、栃木SCから栃木シティFCに移籍をした。その報告と挨拶に後援会副会長の佐山氏とともに茂木町役場を訪問してくれた。  彼から直接、移籍の経緯を伺った後に、私からは、「どんなチームに移ろうとも、茂木町は森くん本人を応援しているので、これからも変わらず、町民一丸となって支援させていただきます。」

町長の日記 1月24日号

城山公園のロウバイ町長の日記 1月24日号町長の日記 1月24日号 城山公園のロウバイが見ごろを迎えている。先日、下野新聞で紹介されてからは、町内外から多くの方にお越しいただいているようで、引きも切らずに車が行き来している様子が見える。私もここ数日の冬日和に誘われ、歩いて城山を登ってみたが、周囲はロウバイ特有の甘~い香りが漂っていた。  たばこ神社周辺に群生するロウバイは約70本。小さな黄色い花

町長の日記 1月27日号

日銀が政策金利の追加利上げを決めた町長の日記 1月27日号町長の日記 1月27日号 日銀が政策金利の追加利上げを決めた。昨年春に大規模金融緩和からの方向転換を宣言してから3回目の利上げになる。この利上げで住宅ローンの変動金利が上昇するほか、企業が金融機関から借り入れる資金の支払利息も増えることになる。しかし、日銀はそうした個人消費への影響もさほどではないと見通したものと思われる。   ところで、

町長の日記 1月28日号

しあわせの自給自足町長の日記 1月28日号町長の日記 1月28日号 土曜日、畑に残った最後のハクサイを採って漬物にした。また、隣に育ってきたラッキョウがあったので、一つ抜いてみた。保冷庫に入れておいたジャガイモ(キタアカリ)も取り出してきた。  その日の夕飯はカレーと味噌を漬けたラッキョウと先週作っておいた白菜の漬物。妻と二人、「おいしいね」と言いながら食べた。  「しあわせの自給自足」ってこ

町長の日記 1月29日号

企業版ふるさと納税町長の日記 1月29日号町長の日記 1月29日号 この度、芳賀通運株式会社様より多額の「企業版ふるさと納税」を茂木町に頂いた。使途は「道の駅もてぎリニューアル事業」にということであった。  道の駅もてぎは、平成8年7月、栃木県第一号の道の駅としてオープンし、今や延べ年間150万人以上の方々に訪れていただいてる施設に成長した。しかし、四半世紀以上が経過し、施設の老朽化をはじめ、倉

町長の日記 1月30日号

里山再生町長の日記 1月30日号町長の日記 1月30日号 日曜日の朝、日本テレビの「所さんの目がテン!」という番組で、2年間にわたる栃木県立栃木農業高校の里山再生の記録が放映された。番組は、生徒の代表がさまざまなアドバイスを頂いた養老孟司先生のご自宅を訪問し、映像を見ながらこれまでの活動を振り返り報告するという形式で進められた。  その中の養老先生の言葉が心に残った。「自然そのものが学校だね」「

町長の日記 1月31日号

町長の日記 1月31日号町長の日記 1月31日号 先日、次のようなアンケートの結果を見た。「あなたが一日のうちで接しているメディアの種類と時間を教えてください」という問いに対して、「1位はYouTubeで2時間30分、2位はテレビで2時間、3位は新聞で7分」との回答であったそうだ。  この結果を見て私が思った事は二つ。一つは、一段と活字離れが進んでいて、この先も新聞の売り上げ部数はさらに減り続け

町長の日記 2月3日号

茂木町農業再生協議会町長の日記 2月3日号町長の日記 2月3日号 茂木町農業再生協議会が開催された。この会議は令和6年産コメの作付実績報告を受け、令和7年産コメの作付計画を決定する会議だ。  令和6年度の作付はおおむね計画通りであった。また、令和7年度の茂木町の作付計画はある程度の調整は必要とされたが、原案通りに承認された。  その他の件では、委員の皆さんから多くの意見が出されたが、ほとんどが

町長の日記 2月4日号

節分町長の日記 2月4日号町長の日記 2月4日号 今年の節分は2月2日。地球の自転の関係でこうしたことが起きるらしい。当日は朝から雨まじりの雪となり、午後からの八雲神社での節分祭の開催が心配されたが、おかげさまで時間が経つにつれて天候も回復し、神社の境内には多くの人が集まってくださった。神事の後、その人たちに向かって私も厄年の皆さんや節分講の方々とともに、豆と供物をまかせていただいた。  翌日は