| 町長の日記 2月21日号 久しぶりに畑に出た町長の日記 2月21日号町長の日記 2月21日号 久しぶりに畑に出た。まずは、先日の強風でボロボロに破れてしまったハウスのビニールの整理をした。その後、ホウレンソウとソラマメ、ラッキョウ、ニンニク、タマネギ、ニンジンに追肥。そして、3月に予定されているジャガイモの植え付けの準備をした。始まってみると、あれもこれもとやらなければならないこと、満載だ。 でも、やっぱり天気の良い日 |
| 町長の日記 2月25日号 山形修治議員の一般質問を傍聴した町長の日記 2月25日号町長の日記 2月25日号 栃木県議会における山形修治議員の一般質問を傍聴した。山形議員の質問は、これまでだと茂木町のような中山間地域を意識した質問内容が多かったのだが、今回は、自民党政調会長として党を代表しての質問という事もあり、県の施策全般にわたっての内容となっていた。 質問内容は、令和7年度当初予算について、人口減少・少子化問題の克服 |
| 町長の日記 2月26日号 今年のふるさと祭り町長の日記 2月26日号町長の日記 2月26日号 このほど、ふるさと茂木まつり運営委員会が開催され、今年一年の主な行事の日程が次のように決定した。「春まつり」は城山公園と道の駅逆川沿いを会場に4月5日(土)、「祇園祭・夏まつり」は7月26日(土)~27日(日)、「彼岸花ウィーク」は9月23日(火・祝)~10月3日(金)、「秋まつり」は11月3日(月・祝)で、例年通り、里山ウォーク |
| 町長の日記 2月27日号 フッ素化合物町長の日記 2月27日号町長の日記 2月27日号 ここ最近、水道水や井戸水からフッ素化合物(PFOSとPFOA)が暫定目標値を超える濃度で検出されたという新聞報道を見かける。これらの化合物は、これまでさまざまな工業の用途に利用されてきたが、環境中での残留性・健康影響の懸念から国際的な規制が進み、現在、日本でも製造輸入が禁止されているものだ。 茂木町でも令和3年度から、3か所の取水場 |
| 町長の日記 2月28日号 明るい農村町長の日記 2月28日号町長の日記 2月28日号 茂木町南部に「小山(おやま)」という地区がある。ここに、このほど、「農用地の保全・農業生産性の向上・地域農業の振興」などを目的とした営農組合が立ち上がった。分かりやすく言えば、高齢化や担い手不足により農地の維持が困難になってきている田や畑を地域のみんなが力を合わせて守っていこうということである。すでに地域内からは1.7ヘクタールの田の耕作 |
| 町長の日記 3月3日号 山林火災町長の日記 3月3日号町長の日記 3月3日号 2月26日に発生した岩手県大船渡市の山林火災は、今日になっても鎮火の兆しは見えず、逆にその勢いが増しているという。被災された皆さまには、心よりお見舞いを申し上げるとともに、一日も早い事態の終息を願っている。 また、昨日は長野や山梨でも山林火災が発生したとのこと。このニュースを聞きながら、これだけ乾燥が続けば全国どこでもあり得ることだと思わさ |
| 町長の日記 3月4日号 ひな祭り町長の日記 3月4日号町長の日記 3月4日号 昨日はひな祭り。私には女の子の孫が一人いて、この孫が2月の連休に帰郷するというので、急いで妻と二人、ひな飾りをした。しかし、この「おてんば孫」はほとんどひな人形には興味を示さず、関心はもっぱら「ディズニーと妻が作るごちそう」に向いていた。 連休後、孫も帰り平穏な日常に戻ったが、3月3日が終わってみると、結局、ひな飾りは誰のためだったのかとも |
| 町長の日記 3月5日号 寒の戻り町長の日記 3月5日号町長の日記 3月5日号 先日までの暖かさが嘘のような寒の戻り。さすがのミーコも家で巣ごもり。こたつやドーム型猫ハウスに入って終日過ごしている。 ところで、私の子どもの頃はよく雪が降った。そのたびに、近所の子どもたちと雪だるまを作ったり、雪合戦に興じたりしたものだ。今はそんな光景は見られない。いや、子どもたちは雪だるまを作ろうとも思わないし、作り方もわからないのでは |
| 町長の日記 3月6日号 道の駅に授乳室寄贈町長の日記 3月6日号町長の日記 3月6日号 この度、(一社)日本道路建設業協会(西田義則会長)より、道の駅もてぎに対し、簡易設置型授乳室と授乳チェアのセットが寄贈された。道の駅もてぎは年間150万人が訪れる施設であるが、授乳室は現在一か所しか設置しておらず、土日・祝日などは小さいお子さま連れの方には、ご不便おかけすることもあった。そのような状況で、簡易式であるとはいえ今回の寄贈 |
| 町長の日記 3月7日号 トランプとゼレンスキーの公開対談町長の日記 3月7日号町長の日記 3月7日号 トランプ大統領とゼレンスキー大統領の公開による対談は世界中に衝撃を与えた。いかなることがあろうとも、同盟国であるはずの国の元首同士がメディア公開の場で激しく非難し合うなど、これまでには考えられなかったことだからだ。ゼレンスキー大統領の主張は、「国の安全が担保されないままの停戦はあり得ない」という至極当然なものであったが、 |