町長の日記 7月10日号
8日の午後、生井の薬師堂の屋根が強風により吹き飛んだという知らせを受けた。あわてて現地に駆け付けると、薬師堂の屋根は数十メートル先の畑にまで飛ばされ、堂の中は雨により水浸しの状況であった。区長さんが近くの大工さんに連絡し、応急措置のブルーシートをかけてもらったという。
生井薬師堂には悲しい物語がある。1585年(天正13年)、千本家城主須藤資俊とその子資政が烏山において謀殺されてしまうが、その知らせを受けた千本家の姫千世は急ぎ城を抜け出し、生井の地まで逃れてきた。しかし、ここで千本城が落城し燃え上がるのを見て絶望のあまり那珂川に身を投げてしまう。里人は姫をこの地に埋葬し、追悼のため堂宇(どうう)を建立したが、これが起源とされる。1766年(明和3年)、薬師如来宮殿が造立された。大工は生井宇右衛門と伝えられている。
毎年4月8日には花祭りが催され、地域の人々がお参りをする。このお堂は町の文化財などの指定にはなっていないが、上記のような謂れのある建物であり、また地域の皆さんの拠り所でもあることから、町としても修復再建にむけてできるだけの力添えをしたいと思っている。
生井薬師堂には悲しい物語がある。1585年(天正13年)、千本家城主須藤資俊とその子資政が烏山において謀殺されてしまうが、その知らせを受けた千本家の姫千世は急ぎ城を抜け出し、生井の地まで逃れてきた。しかし、ここで千本城が落城し燃え上がるのを見て絶望のあまり那珂川に身を投げてしまう。里人は姫をこの地に埋葬し、追悼のため堂宇(どうう)を建立したが、これが起源とされる。1766年(明和3年)、薬師如来宮殿が造立された。大工は生井宇右衛門と伝えられている。
毎年4月8日には花祭りが催され、地域の人々がお参りをする。このお堂は町の文化財などの指定にはなっていないが、上記のような謂れのある建物であり、また地域の皆さんの拠り所でもあることから、町としても修復再建にむけてできるだけの力添えをしたいと思っている。

ブルーシートがかかった生井薬師堂

堂の中はこのありさま
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