町長の日記 10月18日号
衆議院が解散した。ところで、解散詔書の読み上げの後に万歳三唱をすることに対し、メディアがあれやこれやと論評している。大半は、「なぜするのかわからないものを、惰性で続けているだけなら止めた方が良い」と言う意見だ。
日本経済新聞もこの件について論評を掲げており、『「万歳」の事の起こりは明治30年、衆議院解散を命じる天皇陛下の詔勅を鳩山和夫議長が読み上げた後に「拍手起こり『万歳』と呼ぶものあり」との記録が帝国議会議事録に残っていることから、これが始まりらしい。ただ、これは天皇陛下への敬意を表したものであったが、次第に「万歳」だけが残り、今は、議員自身はなぜだかわからないが先例だということで続けられている』と記している。そして、「国会も霞が関も前例踏襲が根強い。こうした惰性的な「万歳」の慣習をどう打ち破るのかも今回の選挙で候補者に問いたい」と結んでいる。
私は、たとえ惰性と言われようと、前例踏襲と言われようと、日本の議会の中で長く続けられてきた慣習であるならば、そして、それが他に大きな影響を及ぼすようなことでないのならば、それを守り続けてゆくことも、ある意味、大切なことなのではないかと思っている。
それよりも何よりも、解散時の「万歳」の是非が、新聞の紙面を割いて論ずるほどの大事なのかと言うことだ。ましてや、選挙の候補者に「解散時の万歳をどう思うか」などと問うこと自体がナンセンスではないか。それこそ、「やめれ」と言われそうなことだと思う。
日本経済新聞もこの件について論評を掲げており、『「万歳」の事の起こりは明治30年、衆議院解散を命じる天皇陛下の詔勅を鳩山和夫議長が読み上げた後に「拍手起こり『万歳』と呼ぶものあり」との記録が帝国議会議事録に残っていることから、これが始まりらしい。ただ、これは天皇陛下への敬意を表したものであったが、次第に「万歳」だけが残り、今は、議員自身はなぜだかわからないが先例だということで続けられている』と記している。そして、「国会も霞が関も前例踏襲が根強い。こうした惰性的な「万歳」の慣習をどう打ち破るのかも今回の選挙で候補者に問いたい」と結んでいる。
私は、たとえ惰性と言われようと、前例踏襲と言われようと、日本の議会の中で長く続けられてきた慣習であるならば、そして、それが他に大きな影響を及ぼすようなことでないのならば、それを守り続けてゆくことも、ある意味、大切なことなのではないかと思っている。
それよりも何よりも、解散時の「万歳」の是非が、新聞の紙面を割いて論ずるほどの大事なのかと言うことだ。ましてや、選挙の候補者に「解散時の万歳をどう思うか」などと問うこと自体がナンセンスではないか。それこそ、「やめれ」と言われそうなことだと思う。
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